はじめに


指導教授は
にこやかな顔で
言いました。
自然科学のような
ふりをしてる詩を
学んでみてはどうかね?
そんなことが
できるんですか!?
指導教授は
私の手を握って
言いました。
社会人類学もしくは
文化人類学の世界に
きみを歓迎するよ。
カート・ヴォネガット

人類学者というのは、
作家、小説家、詩人に
なりそこねた人たち
なのです。
J・クリフォード
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▼異文化誤解の映画史・ザ・ニッポン篇(1901年~2006年)
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誤解が「理解のしそこない」であるとすれば、
理解とは「誤解のしそこない」である。

異文化の「理解」について考えるためには、
異文化の「誤解」の方からまずみてゆくのがよい。
異文化「誤解」の実例と歴史を知ることなしに、
異文化「理解」の理解はありえない。

文化人類学解放講座「異文化誤解の映画史」
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今回の講義では日本や日本人が登場する海外の映画をまとめてみます。
映画にみられる「異文化としての日本と日本人」に対する誤解の豊富な実例を通して、
異文化理解のむずかしさや、異文化を描くこと(表象すること)のあやうさについて考えます。

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[上映作品リスト] [1A] セシル・B・デミル「チート」(1915年) ノーマン・フォスター「ミスター・モト」(1937年) マーヴィン・リロイ「東京上空30秒」(1944年) フランク・ロイド「東京スパイ大作戦」(1945 年) ジョン・フォード「真珠湾攻撃」 (1944年) アーノルド・ファンク「新しき土」(1945年) スチュワート・ヘイズラー「東京ジョー」(1949年) ダニエル・マン「八月十五夜の茶屋」 (1956年)ヨシュア・ローガン「サヨナラ」(1957年) サミュエル・フラー「クリムゾン・キモノ」(1959年) アラン・レネ「二十四時間の情事」(1959年) ブレイク・エドワーズ「ティファニーで朝食を」(1961年) ジャック・カーディフ「青い目の蝶々さん」(1961年) グァンティエロ・ヤコペッティ「世界残酷物語」(1962年) ルイス・ギルバート「007は二度死ぬ」(1965年) ロマン・ポランスキー「ローズマリーの赤ちゃん」(1968年) ロバート・アルトマン「M★A★S★H」(1970年) アンドレイ・タルコフスキー「惑星ソラリス」(1972年) ジョン・ベリー「がんばれ!ベアーズ大旋風」(1978年) シドニー・ポラック「ザ・ヤクザ」(1975年) ブレイク・エドワーズ「ピンク・パンサー2」(1975年) クリス・マルケル「サン・ソレイユ」(1982年) ジョン・G・アヴィルドセン「ベスト・キッド」(1984 年) ヴィム・ヴェンダース「東京画」(1985年) ポール・シュレーダー「MISHIMA」(1985年) ハンス・クリストフ・ブルーメンベルグ「ベルリン忠臣蔵」(1985年) ロン・ハワード「ガンホー突撃!ニッポン株式会社」(1986年) フラン・ルーベル・クズイ「トーキョー・ポップ」(1987年) ベルナルド・ベルトリッチ「ラストエンペラー」(1987年) ロイド・カウフマン「悪魔の毒々モンスター東京へゆく」(1988年) ジョン・マクティアナン「ダイハード」(1988年) ヴィターリー・カネフスキー「動くな、死ね、蘇れ」(1989年) ジム・ジャームッシュ「ミステリー・トレイン」(1989年) リドリー・スコット「ブラック・レイン」(1989年) ヴィム・ヴェンダース「夢の涯てまでも」(1991年) フレッド・スケピシ「ミスター・ベースボール」(1992 年) ジョナサン・F・ロートン「ハンテッド」(1995年) ゴードン・チャン「デッド・ヒート」(1996年) ピーター・グリーナウェイ「枕草子」 (1996年) チャンチャル・クマール「ボンベイTOナゴヤ」(1997年) チアン・ウェン「鬼が来た」(2000年) クエンティン・タランティーノ「キルビル」(2003年) ソフィア・コッポラ「ロスト・イン・トランスレーション」(2003年) ロブ・マーシャル「メモリーオブゲイシャ・SAYURI」(2005 年) アレクサンドル・ソクーロフ「太陽」(2005年) ジャスティン・リン「ワイルドスピード×3・トーキョードリフト」(2006年)

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「異文化誤解の映画史・予告篇」
B/W&カラー 4分49秒 25.8MB wmv

上の予告篇は、今回、上映する3作品「悪魔の毒々モンスター東京へゆく」「ボンベイ
TOナゴヤ」 「007は二度死ぬ」のハイライトシーンを抜粋してまとめたものです。
映画における「異文化としての日本文化の表象」という視点から、そこでどのような
「記号」(例:ネオンサイン、浴場、パチンコ、黒髪、テクノロジー、和服、ヤクザ、名刺等)
が恣意的に選択されているかを中心にみてください。

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▼参考テキスト

「この世にあるとも思えぬ一民族をわたしの想像力でつくりだそうとすれば、その民族の国にわたしは勝手な名前をつけて、ものひとつのガラパーニュの国をうちたて、はっきりとその国を空想上のしろものとして扱い、実在のどんな国だろうと、わたしの夢物語にまきこまずにすむようにする。ただしそうなると、その夢物語そのものに、文学のしるし=記号をつけてしまうことになるのだが。わたしはまた、実在する国のどんな些細な現実だろうと、なにごとにおいても再現したり分析したりしようとはせずに、その逆こそが西欧的な陳述の企図するところなのだが。この世のなかのどこかしらかなたの、いくつかの特徴線をぬきとって、その特徴線でひとつの世界をはっきりと形成することができる。日本、とわたしが勝手に名づけるのは、そういう世界である。したがって、世間の人びとが歴史的に哲学的に文化的に政治的に比較対照するふたつの現実として東洋と西洋とが扱われることは、ここでは起こりえない。わたしは東洋の本質などに、憧れのまなざしを注がない。わたしには東洋など、どうでもいい。ただ、こちらが対処のしかたを考えて狙いをつけるならば、東洋は西洋と完全に断絶した、思いもよらぬ象徴世界の存在をかいま見せてくれる特徴線の貯蔵庫となりうる。東洋を見つめるときにわたしが捉えうるもの、それは西洋のとは別の象徴、別の形而上学、別の知恵ではない。この知恵はひどくのぞましいものではあるのだが。それは、複数の象徴世界のそれぞれの固有性相互間の断絶、変動、転換の可能性なのである。将来いつの日か、わたしたち西洋人は、西洋固有の暗黒の歴史を編んで、西洋のナルシズムの濃密を明らかにし、わたしたちが時おり耳にすることもあった区別への訴えかけを各世紀にわたって検討しなければならぬ。未知のアジアを既知の言語にたよって西洋化することばかり企てて、ヴォルテールの東洋、そして「アジア雑誌」の、ピエール・ロチの、エール・フランスの東洋、幾世紀にもわたって欠けることなく行ってきたイデオロギー的失地回復、これを私たちは検討しなければならぬ。今日、東洋から学ぶべきことがらは千とあるだろう。膨大の認識の作業が、現在必要であるし、将来もなお必要となるであろう。それが遅れているのは、イデオロギーによる隠蔽作用の結果にほかならない。だが同時に、際限もない暗黒の地帯、資本主義国日本、アメリカ文化化作用、技術革新へと掘り進むことをあえて見送っても、なお一筋の細い光によって探り求めなければならないのは、別種の象徴ではなく、象徴の裂け目そのものである」 「L'INSIGNE DES PIRES」(文:ロラン・バルト 音楽:ビル・ラズウェル)

d0016471_2024411.jpg上の文は、講義のなかで教材として紹介したポエトリー・リーディングのテキストです。このテキストはフランスの哲学者のロラン・バルトが、1966年から1968年にかけて何度か日本を訪れた後に書いたものです。バルトはオリエンタリズム的で、かつエキゾチックな「異文化の記号」にあふれた国・日本を「記号の帝国」と呼び、そうしたステレオタイプ化された様々な記号の誘惑にさからって、どのように日本を「表象」すればよいかをめぐって一冊の本を書きました。「記号の帝国」という本がそれで、この文章はその本のいちばん最初におかれたテキストです。講義で流したのは、このテキストにダブ・ミュージシャンのビル・ラズウェルが音楽をつけて、ダブ・ポエトリーとして発表したものです。決してわかりやすい文章ではありませんが、音楽と一緒に何度も聞いているうちに、すこしづつ分かってくると思います。ピンときたフレーズやパラグラフがあれば、自由に引用して、テストの答案づくりなどに活用してください。

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「異文化誤解の映画史1&2」では、「異文化としての日本」や「他者としての日本人」が、
二〇世紀の映画のなかで、どのような記号(音楽・色彩・文様・アクセントを含む)によって、
「表象」されてきたかをみてきました。こうした大衆映画を対象にした文化研究のことを、
最近は「メディア・スタディーズ」などとよびますが、文化人類学では1950年代にすでに
こうした研究が行われていて、たとえば、マーサ・ウルフェンシュタインは1955年に
「同時代映画における子供のイメージ」という研究を行っています。そしてなにより、
文化人類学にとって、こうしたメディア分析は予備的な研究であって、文化人類学が
その本領は発揮するのはこの後です。文化人類学はこうした分析を出発点とし、
よりリアルな異文化の理解(ここでは誤解)を求めて、その理解(ここでは誤解)の
動かぬ現場をつきとめ、そこで綿密な現場検証、すなわちフィールドワークを行います。
好くも悪くも文化人類学には現場主義という伝統があり、文化人類学者になるには、
フィールドワークが欠かせません。たとえば、「異文化誤解の映画史1&2」でみたような
サムライ、ゲイシャ、キモノ、フジヤマ、ヤクザ、風呂、ネオン、カブキ、ニンジャなどの
記号やイメージを流通させている現場のひとつに、海外のジャパニーズレストランや
スシバー、また国内のギフトショップなどがあげられます。

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こういった現場をフィールドワークしてみると、大衆映画の中で日本を表象する記号が
あまり変化しないことの理由がみえてくるかもしれません。講義のなかで紹介したように
それには映画というメディア特有の事情もありますが、それだけではなく、映画の外の
現実世界には、このように日本文化をデモンストレーションしディスプレイする記号の
劇場のような場が存在し、そこで記号の再生産が行われていることも関係しているの
です。この講義は、みなさんを文化人類学者にすることを目的としていませんが、もし、
こうした問題に興味がある人は、自分でフィールドワークをやってみるのもいいでしょう。

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この講義では、ここからさらにもっと先にすすみます。二〇世紀は映像の世紀と呼ばれ、
日本文化を表象するのはなにも映画だけではありません。また記号を再生産する現場
はレストランやギフトショップだけではありません。一般にマルチメディア社会と呼ばれる
現代にはテレビ、ゲームソフト、ビデオクリップ、インターネットなどさまざまなメディアが
存在し、それぞれのメディアがさまざまなかたちで日本の文化を表象しています。特に
AV機器の普及によって、これまでは、もっぱらテレビや映画のような大きなメディアの
一部の制作者や専門家たちによってのみ行われてきた文化の表象が、アマチュアの
人びとの手によって行われるようになり、さらにインターネットなどの普及によって、
それが広く配信されるようになりました。そして、それらは文化人類学者たちが好んで
フィールドワークを行う現場のように決して固定されたものではなく、次から次に、
現われては消えてゆく非常に変動性の高いものです。さらに日本文化の表象は、
劇映画だけでなく、戦時中のプロパガンダ映画、音楽ビデオやアートフィルム、コメディ、
アニメなど多種多様なジャンルにまたがって存在します。もちろん、それらをすべて
カヴァーすることは困難ですが、逆にそこが、文化人類学の「雑種の学問(雑学)」
としての力が発揮できるところでもあるので、今回の講義ではあえてそれらを
フィールドとして選びとり、文化人類学の可能性をひらく(解放)ための実験として、
さまざまなメディアのなかに現われ、浮遊し、移動してゆく日本文化の表象を
キャッチ・アップしてみたいと思います。

[上映作品リスト] [1B] トーマス・エジソン「ジャパニーズ・ビレッジ」(1901年) ERPI教育映画社「日本の子どもたち」(1941年) フランク・キャプラ「戦争への序曲」 (1943年) 米国財務省「わたしのにっぽん」 (1945年)  米国戦事局「ふたつの都市の物語」(1946年) ザ・トーキングヘッズ「ワンス・イン・ア・ライフ・タイム」(1981年) カルチャークラブ「ミス・ミー・ブラインド」 (1983年) シャロン・ロックハート「ゴショガオカ」(1997年) マドンナ「ナッシング・リアリー・マターズ」(1999年) マドンナ「イフ・ユー・フォゲット・ミー」(1999年) ライナー・オルデンドルフ「マルコ第7番:京都」(2001年) フィオナ・タン「サン・セバスティアン」(2001年) ウィーザー「ハッシュ・パイプ」(2001年) DJ KRUSH「SUSHI」(2004年) 国土交通省「ようこそジャパン」(2004年) マシュー・バーニー&ビョーク「拘束のドローイング第9番」(2005 年) ナミキバシ(小林賢太郎+小島淳二)「日本の形~鮨」(2005年) ナミキバシ(小林賢太郎+小島淳二)「日本の形~土下座」(2005年) ゾーン4499「ニッポン」(2006年) ロブ215「スーパー8の日本の旅」(2006年) オレンジ・グローブズ「ジャパン・トリップ」(2006 年) ニコール・ブラックマン&ガブリエル・ペナバス「ヴァンパイア・ゲイシャ・TO・ゴー」(2006年) UFJ TSUBASA Securities「CM」(200X年) ローラーガール「ゲイシャ・ドリーム」(200X年) MAD TV「メモリーズ・オブ・ゲイシャ」(200X年) ASK A NINJA 「ニンジャに聞いてみよう」(2006年) SEGA 「PS2 ザ・ヤクザ 英語版予告篇」(2006年)

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d0017381_1441264.jpg【課題】 劇場未公開のモンド映画にみる異文化理解と誤解

「見よ、あれが東京の灯だ」予告篇
(The Light of Tokyo)
作者不詳 制作年不明
海外向け東京観光案内映画・成人指定*
カラー 5分8秒 18.7MB wmv

【ナレーション】
ある女の語り:このネオンライトは全部、キャバレー、ソープランド、映画館、中華料理店、劇場、パブの看板だ。この繁華街の中心には3つ以上の映画館があって、その反対側には2,600席の大劇場がある。つまりここが歓楽街の中心だ。でも、ここで私がありつくことができた仕事は、公衆浴場の仕事だけで、これは長くつづかなかった。結局、私は「お江戸キャバレー」に行ってみることにした。ここには有名はハットリ・ダンシング・チームがある。私はホステルの仕事がやりたかったが、西洋風のダンスが踊れないので、仕事をもらえなかった。マネージャーは「芸者ハウスに行けばなんとかなるよ」といってくれたけど、実はそこもダメだったのだ。でも、そのことは彼には云わないでおいた。そして私はまた、さまよいつづけた...

男の語り:夜も更けるにしたがい、ここには神社仏閣の慎みを忘れた、酒と笑いと愛と背徳がうずまきます。あとはすべて、あなたが支払うお金次第です。この繁華街には40の映画館があり、有名な「国際劇場」もここにあります。ここではあらゆるものがキラキラと輝く姿で登場します。日本のヌードショーは、ただ裸を見せるものではありません。またむやみに人を刺激するものでもありません。ヌードは人びとの生活様式の一部であり、ゲイシャがまさにそうです、ゲイシャは日本におけるセックス・シンボルなのです。 日本でサービス産業に携わる人たちは独自の組合と組織を持っています。ミュージャン、歌手、役者、ダンサーたちもそうです。だから仕事にあぶれることはありません。東京には400軒もの酒場があり、そこでは毎晩6つのステージが開かれます。つまり2,400のショーがあるのです。そこには、西洋風のレヴューから西洋化された日本のショー、そして純粋な日本の舞台芝居など、さまざまなものがあります。月がのぼるころからそれははじまり、東京を愉しませてくれます。東京は世界のエンターテイメントへの大いなる入口です。だが、それも男たちがそれに気前よくお金を払わなければ、存在できないのです。さぁ、ごらんください、クピ・ハヌーラさんです。いちばん新しいクイーンです。 こうしてショーははじまり、そして、それは朝まで続くのです...

ある女の語り:(つづく) ★そして、この後、意外な展開が…(後篇は講義で)

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「異文化誤解の映画史」の最後は、第二次世界大戦中にアメリカで制作された
戦意高揚のプロパガンダ映画やポスターに描かれた日本(人)の表象をまとめて
マルチ・スクリーニングしてみることします。

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・米国戦事局映画部 「我らが敵、ニッポン人」(1943年) 
・フランク・キャプラ監督 「なぜ我々は戦うのか:戦争への序曲」(1943年)
・ジョン・フォード監督 「12月7日」(1943年)
・米国財務省 「わたしのにっぽん」(1945年)

これらの映画は、アメリカ政府が、その当時、敵国であった日本とはいったいどういう
国であり、日本人はどういうものの考え方をし、どういう暮しをし、どういう社会組織と
価値観と美意識と倫理と道徳と政治と信仰をもっているかを、ちょうど文化人類学者
がある文化の民族誌を書くときのように、日本の「文化」全体を網羅的に描いてみせ、
それをアメリカ国民たちに教え、そして、なぜ戦争をする必要があるのかを説くために
制作した戦意高揚の国策映画、すなわち国家がつくった(あるいは高名な映画監督
に制作を依頼した)プロパガンダ映画であります。このドキュメント仕立ての表象には、
正しいところもあれば間違っているところもあり、正直、見ていてあまり気分のよいもの
ではありませんが、私たちがあまり目をむけようとしない日本の文化のある側面や
歴史をみせてくれるものですので、いずれも部分的ですが、この機会にぜひ見てみて
下さい。そしてもし、ここに描かれている日本人や日本社会の姿に違和感や嫌悪感を
感じた人は、自分たちがそういう醜い日本人に二度とならないように、また他国の人々
から憎まれたりすることがないように、それぞれ気をつけてください。

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最後に、これまで講義で見てきた様々な「異文化(としての日本の)誤解の映画史」の
サンプルをもとに、記号学者のA・グレマスが考案した「意味の(正)四角形」を変形した
d0016471_9423622.jpg「意味と権力の変則四角形」(試作)を使って、
「異文化理解」「異文化無理解」「異文化
曲解」そして「異文化の創造的誤解」に
分類し、そこから分かること(例:文化を
表象するということの難しさとおもしろさ、
文化それ自体が持つあやうさと紛らわしさ
誤解が持つ批評性や創造性、言語化
できない文化のニュアンスやてざわり、
そして戦争が異文化の理解にもたらす
不幸など)を考えてみたいと思います。

d0016471_8533844.jpgさらにもし時間があれば、記号学者ダン・
スペルベルの「表象は感染する」という本と、
文芸批評家ホミ・バーバの「文化の場所」
という本を紹介し、文化の表象というものは、
ウィルスのように「感染」し、疫病のように
「流行」するということ (ただし表象には、
感染力の強いものと弱いものがあります)、
同じく文化の表象は、幽霊や妖怪のように
そのすがたや居場所を変え、思わぬ時代
や場所に「不気味なもの」としてまいもどってきて突然、息を吹き返したり、リバイバル
することがあるということなどをお話しします。スペルベルの研究は、文化人類学を
文化表象の自然科学/実証科学にすることを企てた野心的な試みで、ざっくばらんに
云ってしまえば、生成言語学や認知心理学、コンピュータ・サイエンスなんかが好きな
理数系の人向きの本です。かたやバーバの本は、文化表象の文学的批評として
書かれたもので、文学・芸術・歴史・現代思想なんかが好きな人文系の人向きです。
そして、どちらの本もその分野では先鋭的なものなので、読んでもすぐにはピンと
こないかもしれませんが、おおざっぱに云ってしまえば、どちらも、文化というものを
いつも同じ場所にあって、ずっと同じ姿で、じっとしているものとは考えておらず、
文化というのは常に居場所を変え、姿を変えてゆくもの、たとえて云うならば、
「旅するもの」として捉えているようで、ひとまずその点だけでも、おさえておいて
もらえたらそれで十分です。
[PR]
by mal2000 | 2005-03-01 01:07
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