はじめに


指導教授は
にこやかな顔で
言いました。
自然科学のような
ふりをしてる詩を
学んでみてはどうかね?
そんなことが
できるんですか!?
指導教授は
私の手を握って
言いました。
社会人類学もしくは
文化人類学の世界に
きみを歓迎するよ。
カート・ヴォネガット

人類学者というのは、
作家、小説家、詩人に
なりそこねた人たち
なのです。
J・クリフォード
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▼文化人類学解放講座・答案解放その1
d0016471_2291076.jpg後期のテストの答案を
みせてもらいました。
みなそれぞれ前期よりも、
ずいぶんよくできてました。
なかでも特に「グローバ
リゼーション」の問題を
とりあげた答案によいもの
がたくさんありました。
いま僕らが生きてるこの
世界のあり方や、そこで
の僕たちの日常生活を
あらためて問いなおし、
どうすれば「もうひとつ
の世界が可能になるのか」、
そして「いま自分にできる
ことがあるとすれば、何か」
ということを、ほかでもない
自分の問題として真剣に
考え、悩み、なおかつ、
それを人に伝え、共有し
合うための表現や工夫を
凝らしたことが手にとるよ
うに分かる「生きた答案」
がたくさんありました。
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▼今年の冬の答案 (なんだかお歳暮のようですが、テストの答案です)

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なかには「これはもう単なるテストの答案ではなく、それ以上の「何か」になってる」
としか思えないような「よくできた答案」もあり、ひとつひとつみながら、思わずニヤリ
とかドキリとか、ホロリとさせられました。
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d0016471_22215263.jpg←左の画像は前期試験の答案で、これと比べてみても、
後期の方がずっと自由になったことが一目でわかります。
実際、今回のテストでは、これまでのテストの常識に
とらわれない、自由な発想での、自由な表現による、
答案づくりができてました。ここまでやれれば十分です。
「自由になるテスト」はひとまず成功でした。この「感じ」を
忘れず、この「問い」を手放さず、あとはそれぞれ「自分の
ことは自分でやり、自分で考え」つづけてください。
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最後に、講義のしめくくりとして、ここでその「答案の一部」を紹介したいと思います。
あたりまえのことですが、ひとつひとつの文には、自分が感じていることや伝えたい
ことを表現できるフレーズを探し、見つけだし、ことばにして書いてくれた人があり、
また、ひとつのひとつの画像には、それを見つけてきて、切りぬき、貼りあわせて
くれた人がいます。想像してみるまでもなく、います。いずれも特定の誰かや特定の
個人の手によるものですが、そうやってできあがってきた答案全体をみわたして、
一緒に並べてみると、ひとつの答案が答えそこねた問いに他の/別の答案が応え、
さらに他の/別の答案がそれにイメージを与え、またさらに他の/別の答案がアク
ションで応えるといった具合に、答案どうしが互いに呼応し合い、画像の断片と
文の断片とが互いに補完しあって、ひとつの目に見えないコールとレスポンスから
なる「大きな答案」をかたちづくっているように思えました。それはどこかクラの
ようでもあり、誰のものでもないが誰のものでもある「共有物(コモンズ)」としての
「知識の贈与」の連鎖を見る思いがしました。

一年間の講義とそれに対する応答の協働作業から生まれてきた、この「答えの案」は、
このクラス全体のものであるだけでなく、同じ時代に生きる人たちが共通に抱える
問題や矛盾について考えた、誰のものでもないが誰のものでもあるような「共有物」に
なり得る(実際、来年のテストの時にはよい手本になるでしょう)ように思えたので、
あえて無記名のまま公開し、分配したいと思います。もともとこのテストは、知識を
共有し、アイデアを贈与しあい、「集合的な知性」を見つけ出す実験=テストでも
あったので、こうして気前よく公開しても、何の問題もないと思いますし、また、
そうするのがふさわしいものだとそう信じてます。

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[写真] クラでのバギの展示風景

「この村は悲しみに閉ざされ、
歌と踊りは禁じられていた。
いま我々がそのタブーをやぶろう」
(映画「クラ・西太平洋の遠洋航海者」より)
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【答案】 (部分と断片から再構成)

d0016471_22465926.jpg■「私たちは、みんな
ショッピングの時代に生きてる」

■買い物って、物を買うことって何だろう?小さな世界での物質のやりとりでしかない??そう考えたら、なんてうすっぺらいんだろう…でも、やめられない!!欲が原動力だから!悲しいけれどそれが人間てものなのです。きっと地球のあきれているでしょう。だけど私もあなたも、となりの人も、みんな買い物から逃れることなんて、できないの。Oh My God!!

■私達の日々は、買物によって彩られ、私達の街は売り物に飾られている。"買うこと"は呼吸をすることと同じ様に、私達の体へなじみ、買い物をせずに日常の中に満足を得ることはなかなか難しい。たんすのなかは、服がいっぱい。玄関には色とりどりの靴が、鞄には日々とりかえても、それでもまだ満たされない。すでに"買い物"は、"必要"という中継を経ずともできる行為になっている。現代にみられる買物依存症候群は、物欲から生まれたものではなく、新しい「買いもの」という行為への欲求、物ではない何かを満たしたいという欲求から生まれているのだろう。それが何か分からない限り、この買いものへの依存を断つことはできないだろう。

■岡崎京子の「PINK」のテーマも資本主義である。ユミちゃんは時々、発作がくる。それは自分の価値観に疑問を抱いて葛藤するためだと、わたしは解釈した。実はそういうふうに疑問を感じないことが一番問題あると思う。わたしはこういう世の中を疑うことを忘れないようにしたい。

■企業は要するに、売れれば何でもいいという理念で動いている。若者むけのファーストフード店であったはずのマクドナルドでさえ、今日では子供をターゲットにしている。こうして私たちは、物を買う習慣を身につけさせられているのだと思う。

■CMに踊らされて買ってしまったものは誰が作っているのでしょう。それは発展途上国の子供たちです。安くて大変な仕事をして、今日も家族を支えています。私たちはいったい何様なのでしょう。グローバリズムを押しすすめて、さらに加速させたのは誰なのですか?結局、犯人は私タチなのです。グローバリズムとは、買うこと、お金を使うことでしか生きられない、弱い先進国民のつくりだしたものなのです。「余計なモノを買わない」。私たちはそう生きるべきなのです。

■トム・ヨークがニュース番組で「どんな未来でもいい、もし僕らに未来があるのなら」と答えていた。僕らの世代とは消費することを幼い頃から教えられてきた世代だ。メディアが戦争や消費の裏にある事実を巧妙に隠しているのは事実である。そしてメディアが僕らを洗脳して、ただのショッピングマシーンにしている。僕らは「人間らしさ」を失っているし、メディアが提供する「便利さ」を口にして、ダーウィンのアンチテーゼになっていく。つまり、物理的な体力や思考能力や共感する力がなくなっている。

■「○○が安い!!」という広告から値段だけを取り出して並べてみたらなんだか怖いものに見えてきた。安いとついいらないものまで買ってしまう我々は安価に「買わされている」

■つくられた世界、material world 企業によるライフスタイルの押し付け、ブランドの異常なまでの高騰した付加価値。人間の物質的所有欲はつくられたものだったのだ!

■「ミッキーマウス、ハイチへゆく」を授業でみて、はじめてスウェットショップというものの存在を知った。信じられないくらいの低賃金と待遇の悪さ!個人がダメならと結成しようとした労働組合は解雇を怖れる人々が多すぎて人が集まらない始末。ひどい、ひどすぎる。しかし彼らのために一体何ができるというのだろうか。こうなったらスウェットショップをこっそり隠している全ての企業に、過酷な労働条件で働く従業員を目の前にして、自分たちが強いてきたことを再確認してもらうしかない。それで変わらないようなら、あきらめよう。そいつらは、血も涙もない、強欲な獣たちである。

■私がよだれを出してパンを食べる間、そのパン一個より安い賃金でタヒチの工場で働く人がいる。その人は私より年下の少女だ。

■我々が直接にいますぐできることはないかもしれないが、この誰もがびっくりするであろう実態を世に広めていくことでもいくらか違うと思う。そして、かわいそうという同情だけでなく、もしもこれが自分であったら、あるいは、友だちだったらという想像をふくらませ、一歩進んで感じとり、考えるべきなのだろう。

■本当に「消費民社会脱出」はできないのか?大企業に貢献するような買い物をする行為をやめてしまえばいい。その影響が大企業に「スウェットショップ」の存在を見なおす機会を与えるハズ。大量生産・非人間的行為を抑えることへつながる。「批判精神」を忘れずに生きることこそ、この議論の解決へのヒントになると思う。大企業の製品を買ったとしても、次々に更新される商品へと買い換えず、ずっと使い続けるのだ。そのようなユーザーが増えれば、生産速度にストップがかる。またメディアを使って、批判的なドキュメントをつくる。これらは全て批判的行動だ。

d0016471_22392813.jpg■私たちが見にいけない、知らないところで泣いている人たちがいる。間違いない。

■「男女消費者諸君!母よ父よ!ブランド品に目のない妻、オモチャが買ってもらえない子供たちよ!ハンバーガーを食べ過ぎて肥満になった人びとよ!購買意欲をかき立てられて苦しむすべての人びとに、あなた方すべてに、我われは訴える。国境を越え、硝煙たなびく工場を越え、失業に苦しむ町や村を越えて訴える。万国のコンシューマー、「何も買うな!」VS「我々が今日持っている人類文化、芸術、科学、技術の成果は企業のものに他ならない。もし反グローバリズミストたちが自分達だけの世界を築いてしまえば、彼らは泥や汚物にまみれるだけの存在であり、憎しみに満ちたなかで互いをだましあおうとつとめるだろう。我々グローバル企業連合体はビジネスパーソンを一般生活の中枢にすえ、企業帝国維持のために配慮しなければならない、ハイル・ディズニー!」「どっちの思想ショー」

■「消費民脱退!」

■そもそも、商品、私たちのまわりにある物のすべては、地球上にある自然物を人間が加工したもの。どんなにオリジナリティやユニークさを持っていても、地球から見れば「オレの一部を勝手に使うな」ってもんです。そうやって人が勝手に加工したものを勝手に値段をつけて勝手に売って勝手に買って…。

■自分自身にとって何の利益もない買いものをすることは、メーカーの富をふやすための寄付のようなものだ。

■僕らのまわりをとりまく、この美しさの"ウラ"側には何があるんだろう。僕らが知らず知らずのうちに傷つけている世界かもしれない。

■戦争と資本主義は深く結びついている。

■ルソーも知っていた。「もう後戻りはできないのだ」と。人びとは今もまだ、所有することをやめない。一切の所有がない生活など、現代の私たちには考えられないだろう。だがそれでも、私たちは何かをしなければならない。全てのものに「これは誰々のもの」という名札を貼ってしまったら、この世界はどんなにか生き辛いだろう。賛否はある。けれども、立ち止まって考えることは重要だ。この世界は誰のものなのか。この世界は誰のものなのか。私たちはいま、囲いの存在に疑問を抱くべき時代に差し掛かっている。


■(引用されたニュース)
「青空文庫が著作権保護期間の延長に反対する署名活動を開始」
「ミッキーマウスは誰のもの?著作権の「寿命」を争う裁判が最高裁で始まる」

■お金がなければできないことが、この世界には多すぎる。そんな世界は変えるべきなんだ、って、はやくみんなが気づいたらいいな。ほんとうに必要なものは、ほんとうはすくない。とおもう。なんにももってないということは、なんでももっているのと同じだって、えらい坊さんも言ってたし。

d0016471_22514223.jpg■陽が昇る前に眼をさます。眼をさましたら仕事をする。仕事をするのはお金がいるから。休まないで働きつづける。働きつづけるから不満が出る。不満が出るから戦争する。戦争するから悲しくなる。悲しくても戦争する。それでも陽は沈む。僕らは一体誰なんだ。

■「日曜ブッシュマン宣言」
日曜日でも日が昇るから、眼を覚ます。日曜日でもケンカしないから、気分がよい。気分がよいから、少しで満足。少しで満足するのは、日曜ブッシュマン。できたら、明日も日曜ブッシュマン。だから、アナザーワールド、可能です。僕らは日曜ブッシュマン。


■「生きる力」とは、住み場所を整え、食べるものをつくり、衣服を縫うことのできる技術や知識であり、それが実際可能であるという自信である。

■価値基準を自分で決めないで他人まかせにしているような人間は面白みに欠ける。

d0016471_22584396.jpg■グローバリゼーションについて考えはじめると、世界が違ったふうに見えてくる。前よりも多く、いま自分が持っている物をつくった人のことを思い、前よりもずっと金もうけのことしか考えられない人をばかだと思い、グローバリゼーションの負の面をあまり教えてくれなかった世界に対して怒りがこみあげてくる。そんなふうに想像してみたり、私たちの想像力を奪ってきたものに対して怒りを感じたり、いろいろ考えるようになると、なぜだか悲観的にはならないで、むしろ楽しくなってくる。想像力をかきたてる映画や文学がもっと好きになり、そしてもっと、いま実際に起きていることを知りたくなる。世界がおもしろくなってくる。

■与えること共有することの素晴らしさを知るには実際に経験することが一番である。
一人より二人、二人よりも十人の方が強い気持ちになれる。いろいろなデモを見て思ったが、みんな楽しそうだ。共有は楽しいんだ。きっと。共有と抵抗、それがやるべきことである。

■食べることをたのしむことは、決して悪いことではない。
食べるたのしみを十分にかみしめたい。自分たちが生きる社会で、
うまく欲求を満たすことが日々の戦いに感じる。自らの食欲と
社会生活の戦いをみつめなおし、この課題にとりくめたので、
今後、ますます私は、食生活にしばられていくはずだ。
とまらない、とまらない。太れ、太れ、心よ、太れ。

■ごはんは一人で食べてもおいしくないよ。

■私たちは、このような、今、地球で、そして、身近でおきていることをちゃんと教えられないまま生きている。しかし映画などを通してグローバリゼーションの負の面を知り、体験してみると、何かが自分の中で変わってくる。

■「善いことというのものは、カタツムリの速度で動くものである」
(マハトマ・ガンジー)

■グローバリゼーションに対抗することを覚えると、楽しくなってくる。楽しくなったら、それを誰かに教えたくなる。どこかの大企業のように知識を独占したりせず、クラのように気前よく誰かに、友だちに教えたくなる。

■よろこびを他の誰かと分かち合う、それだけがこの世の中のあつくする。
(小沢健二)

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d0016471_2341923.jpg■「問いもしくは主張」

○刑務作業によって作られている製品
 ・イス 
 ・ティファニーの紙袋

○刑務作業の本来の目的とは?
→受刑者の矯正・社会復帰を目的とした処遇

 わたしたちにできることは、
 意識し続けること
 刑務作業のこと
 スウェットショップのこと

 CMをみるとき 
 買いものにいくとき 
 食事をするとき 

 思いだすこと

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■情報は「与えられる」のではなく、多くの視点から自ら「アプローチ」する。それがメディアが発達している現代において私たちに課せられていることだ。


■僕は友人Aに(答案用紙の)右のページに好きなことを書いてくれと頼んだ。彼はこの講義をとったこともなければ、テストがどんな内容かも伝えていない。彼は思いつくままにそして適当に書き始めた。見てみると、全く関係のない、意味不明で、センスもない、はっきり言って先生をバカにしているような出来となってしまった。だが、僕はこれを提出しようと思う。「グローバリゼーション」とはこのことなのだと理解したからだ。共生してゆくことが「グローバリゼーション」なのだ。僕の身近な「グローバリゼーション」は周りの人びととの共生から始まるのだ。ただ、もっと多くの人の感性を取り入れたときに本当の姿が見れたかもしれないと後悔するのである。混沌とした世界。これが「グローバリゼーション」の姿だ。

■想像力よ、一歩前に、理屈は、後からついてこい。

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d0016471_239691.jpg■「世界はファーストフードに
覆われる感"体験キット"」

[内容物]
ファーストフードのマークが
いっぱいの用紙

[遊び方]
(1) マークをひとつひとつ切る
(2) うもれたり、見つめたり、食べたり、数えたりして遊ぶ。

→ファーストフードは虫のように生まれ
つづけています。紙がなくなったら、
どんどんつくって、気持ち悪さを存分に
体験しよう。


[目的等] 世界にはMマークのファーストフードが約31,000店あると言われ、世界はいまやファーストフードに覆われています。しかし、そんな実感ない人が多数。そんなわけで、そんな「世界はファーストフードに覆われる感」を体験しようと思ったわけであります。この作業をはじめると最初は口の中にハンバーガーの味が広がってくる人もいるかもしれませんが。私も実際そうでした。しかしどんどんこの作業をつづけていくついに、どんどん気持ち悪くなっていきます。まるで自分がファーストフードに覆われ、感染してゆく感じを体験できるのです。それはやってみてからのお楽しみ。
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■僕ら一人一人ができることのアイデアが些細なものしかないように感じた。もっともっとたくさんのアイデアがあるはずだし、他の人のアイデアも共有しあったら、より強い消費文明への対抗勢力ができるかもしれない。答えのない迷走に終わるかもしれないが、こういった問いを考えることをやめてはいけないと思う。

(つづく)
[PR]
by mal2000 | 2003-09-11 21:41
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