はじめに


指導教授は
にこやかな顔で
言いました。
自然科学のような
ふりをしてる詩を
学んでみてはどうかね?
そんなことが
できるんですか!?
指導教授は
私の手を握って
言いました。
社会人類学もしくは
文化人類学の世界に
きみを歓迎するよ。
カート・ヴォネガット

人類学者というのは、
作家、小説家、詩人に
なりそこねた人たち
なのです。
J・クリフォード
その他のジャンル
▼文化相対主義の発見
d0016471_22182333.jpg
▼「文化相対主義」(*画像をクリックすると拡大します)

[補足資料] 自民族中心主義から文化相対主義への歩み

「民族学的資料の収集の主な目的は、「文明は至高のものではない。その至高性は相対的なものにすぎず、私たちの様々な考えや概念は、私たちの文明のなかでのみ真実である」という事実の普及にこそあるべきだというのが私の意見である」 (フランツ・ボアス 1887年)

「いまや人類学者たちは文化の多様性に気づきはじめ、文化のヴァリエーションのその途方もない幅の広さを認識しはじめている。人類学者たちは、文化を宇宙のごときもの、もしくは、今日の我々とその文明が他の多くのものののうちのたったひとつを占めるにすぎないような広大なる地平のごときものとして文化を理解しはじめている。無意識の自民族中心主義から相対主義への離脱という、この根本的なものの見方の広まりが、なによりのその成果である。自分たちが生きているある特定の時点についての自己中心的で素朴なものの見方から、より広いものの見方への移行は、客観的な比較にもとづくものである。それは天文学における地球中心説からコペルニクス的見方への移行のようなもので、それにつづく太陽系から銀河系へのものの見方の広がりのようなものである」(アルフレッド・クローバー 1923年)

「科学としての人類学の構築は、民族学者の出身文化が、中国であれ、ヒンドゥであれ、フランスであれ、自文化中心主義から脱けだして、まったく新しい意識のモードを打ち立てることを求めることであって、こうした意識のモードは、自文化と戦ってはじめて実を結ぶもので、しかも、それは決して完成することのないものなのです」 (モーリス・ゴドリエ 2001年)
[PR]
by MAL2000 | 2005-03-08 21:56
<< ▼「文化人類学者になりすました... ▼アクティヴィスト人類学 >>