はじめに


指導教授は
にこやかな顔で
言いました。
自然科学のような
ふりをしてる詩を
学んでみてはどうかね?
そんなことが
できるんですか!?
指導教授は
私の手を握って
言いました。
社会人類学もしくは
文化人類学の世界に
きみを歓迎するよ。
カート・ヴォネガット

人類学者というのは、
作家、小説家、詩人に
なりそこねた人たち
なのです。
J・クリフォード
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▼人類学hが科学のふりをした詩のような学問だったころ
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二回のつもりだった「異文化誤解の映画史」を、四回もやったせいで、
本題の「文化人類学」がどんな学問だったか忘れてしまった人がいる
かもしれませんので、明日の「文化人類学解放講座」では、復習として、
「文化人類学者になりそこねた人たち」のところへ、もう一度もどって、
文化人類学が「科学のようなふりをした詩のような学問」だったころに、
文化人類学を学んで「文化人類学者になりそこねた芸術家や作家」の
作品を通じて、文化人類学の見失われた原点やその特異な手法に
ついて考えてみたいと思います。とりあげるのは、ジョセフ・コスース、
ウィリアム・バロウズ、カート・ヴォネガット、岡本太郎、J・L・ゴダールです。

まず前半では、あまり映像を使わず、テキストを中心にとりあげます。
とりあげるテキストは次のとおりです。コスース「人類学者としての芸術家」
バロウズ「ア・プーク・イズ・ヒア」「ソフトマシーン」「バロウズ・ファイル」
ヴォネガット「パームサンデー」「ヴォネガット大いに語る」「チャンピオン
たちの朝食」
岡本太郎「日本再発見」「原色の呪文」「私の現代芸術」です。

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後半は、ゴダールの次の短編作品のなかから、いくつか選んでみます。
「カメラ・アイ」「こことよそ」「我々は発言する」「ウィークエンド」「選ばれた瞬間」
「時間の闇の中で」「二十一世紀の起源」。また、バロウズの「カット・アップ」
「タワーズ・オープン・ファイヤー」「ミリオンズ・オブ・イメージ」なども参照します。

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キーワードとなるのは、
前衛、実験、断片、
詩、収集、記録、SF、
引用、切断、他者、
相対主義、文明批判、
人道主義、政治性、
もうひとつの世界、
などです。



【参考】
d0017381_2022976.jpg神話の世界が、つくられるそばから、
そのつど、バラバラにされてきたように、
新しい世界は、断片からつくりあげられるように
思うのです。(フランツ・ボアズ)

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他者についての本は、
詩のことばで書かれる。
(ジャック・デリダ)
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# by mal2000 | 2005-03-01 01:05
▼いま現場からリアルタイムで文化を語るのは誰か
d0016471_13535095.jpg「CNN TODAY 文化人類学篇」にみる
異/文化のナレーター(語り手)の交代
CNN TODAY Cultural Anthropology
正面をむいて話すレポーターと
斜めをむいて話す被写体としての
人類学者の姿に注意
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# by mal2000 | 2005-02-25 00:50
▼どんな魔法もいつかかならずとける
d0016471_19531912.jpgでは、なぜ、文化人類学は、突然、
文化研究のなかの「裸の王様」に
なってしまったのでしょうか?
その答えのひとつをヴォネガット風に
イラストで示してみると、
こうなります。

あなたがこれまで
一度も見たことの
ないものをどうぞ
ご覧ください

つまり、ここ100年間のあいだの、映画、郵便、出版、テレビ、交通
などのメディアの発達によって、文化人類学がひとりじめしてきた、
異文化についての、この First Prize の魔法がとけたからだ、
というのが、たぶん、そのひとつのこたえです。
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# by mal2000 | 2005-02-20 19:45
▼定款1
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これより以下、
「文化人類学」を
ハイブリッドな
雑種の学問として
脱/再構築する
この講義の土台にある
基本的な設計思想はこうです。
d0016471_8125572.jpg  「これより以下のことはすべて
  "それはこうである"ではなく、
  "それはこうなら、よくわかる"である」
   レオ・フロベニウス 『パイデウマ』序章より

   #この講義では、正確な定義や意味ではなく、
   ものの見方と了解の提供を、優先します。

d0016471_8173648.jpg「だからね、アンナ、つまり、
こういっていいと思うんだ」
(*編み物をしながら聴講していた妻に語りかけた言葉)
エドワード・タイラー 『ある講演』より

#この講義では、WEBを通じて、学外の方たちの
独学に役立つ情報とフレンドリーな理解を提供します。

いまや「裸の王様」になって、くたびれはじめた「文化人類学」を、その周縁と
終焉の方から建てなおしてゆく工法もまたハイブリッドで、アッサンブラージュ、
ブリコラージュ、デクパージュ、モンタージュ、カモフラージュ、カットアップ、
マッシュアップ、サンプリング&リミックス、アイロニカル・ジャクスタポジション、
リバース・エンジニアリング、インスタレーション、ホームワークなどなど、
そのほかいろいろな手法の混合技法(ミクストメディア)でつくられています。

d0016471_2184720.jpgこうしたテクニックは、
現代美術の作品づくりや
グラフィック・デザイン、
展覧会のディレクション等の
雑多な仕事のなかで、そのつど
現場で実地に身につけたもので、
いずれこれを「民族誌」に応用してみる、
(M・タウシグのこの本はそれに近い)
その前にまず「文化人類学」の講義に


実験的に応用してみたのが、いま、皆さんが出席している、この講義です。
通常の「文化人類学」の講義なら、進化論からはじまって→機能主義→
→構造主義→ポスト構造主義、という具合に直線的に進むか、あるいは、
テーマや地域をしぼってモノグラフ的に展開するのですが、この講義は、
そういう風には進まず、BLOGの特性を活かして、あっち+こっちに
トラッキングしながら展開してゆきます。なかには途中で道に迷う人も
いるでしょうが、道に迷わないような旅は旅ではありませんから、
迷うことをおそれずに、ついてこれるところまでついてきてください。
ロサルドの「文化の定義」にあったように、文化の研究である、
文化人類学もまた、「さまざまの異なったプロセスが、
その境界線の内側と外側とから縦横無尽に行き交う
透明性の高い交差点の連続」なのですから。
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# by mal2000 | 2005-02-16 15:13
▼文化研究の「王様」への道のり
d0016471_74923.jpgでは、ひとまず、このへんを、
折りかえし地点にして、次は、
文化人類学がどのようにして
文化の研究の「王様」としての
ポジションを築きあげてきたかを、
歴史的に、というよりは、レトロ
スペクティヴに、そして、いくらか
ノスタルジックに、見てみたいと思います。

そこでのキーワードは「・・・ではない」と「モダン」です。
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# by mal2000 | 2005-02-12 06:14