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はじめに


指導教授は
にこやかな顔で
言いました。
自然科学のような
ふりをしてる詩を
学んでみてはどうかね?
そんなことが
できるんですか!?
指導教授は
私の手を握って
言いました。
社会人類学もしくは
文化人類学の世界に
きみを歓迎するよ。
カート・ヴォネガット

人類学者というのは、
作家、小説家、詩人に
なりそこねた人たち
なのです。
J・クリフォード
その他のジャンル
▼緑のアリが夢見るところ
「緑のアリが夢見るところ Wo die grünen Ameisen träumen」
ヴェルナー・ヘルツォーク監督 1984年 カラー 1時間40分

▼緑のアリが夢見るところ_d0016471_794868.jpg
「これは環境論者の映画ではありません。人びとが地球をどう扱って
いるのか、という、もっと深い次元の話なのです」(W・ヘルツオーク)

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▼人類学者になりすました人びと (「緑のアリ」法廷シーンより)

この映画には、土地の所有権をめぐって鉱山会社にたいして訴訟を起こした
先住民側の証人として、ふたりの文化人類学者が登場します。前期の講義でも、
「人類学者になりすました人びと」という視点から、映画に登場する文化人類学者に
わりふられた役どころやものの考え方、立場や主張を見てきました。それらを改めて
思い出しながら、このふたりの人類学者の言動を通じて、いま世界で起こっている
グローバリゼーションと、文化人類学とかかわりについて考えてみたいと思います。

▼緑のアリが夢見るところ_d0016471_7285793.jpg
■スタナー(人類学者)           ■アーノルド(元人類学者)
「この分野はまだ仮説の段階でして、  「進歩は、先住民にとって、
人類学の学説にはなってません」     白人文明による文化の抹殺でした」

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▼セミ・フィクション~先住民を演じた先住民の芸術/活動家

▼緑のアリが夢見るところ_d0016471_22174042.jpg
[右]
ワンドゥク・マリカ
Wandjuk Marika
(1927-1987)
オーストラリアのプレーマー・アイランド生まれ。父から秘儀を記した図象の
描き方を伝授される。1967年、父の跡を継ぎ、コミュニティのリーダーとなり、
先住民芸術の画家、詩人、作曲家としても活動。1970年から1972年にかけ、
同地でボーキサイトの採掘をしようとしたスイスのナバルコ鉱山会社に対して
合法的な抵抗運動を行う(しかし裁判所が下した裁定は映画と同じく鉱山会社
に有利なものだった)1976年、ディジュリドゥ奏者として「ポートモレスビーの
ワンジュク・マリカ (Wandjuk Marika in Port Moresby)」(EP)をリリース。
また同じ年に出版された文化人類学者ロナルド・バーンの著書「Love Songs
of Arnhem Land」にも多くの伝承や知識を提供する。1979年頃からテレビ、
ラジオなどに出演するようになり、1984年に公開された「緑のアリが夢見るところ」
でミリリトゥビ役を演じる。自叙伝として「ライフ・ストーリー」(1995年)があるほか、
先住民芸術協会(Aboriginal Arts Board)の議長をつとめる。1987年没。

*先住民芸術のコピーライトの問題についてのワンジュク・マリカの見解(1975)

▼緑のアリが夢見るところ_d0016471_2214313.jpgIt is not that we object to people
reproducing our work, but it is
essential that we be consulted
first, for only we know if a
particular painting is of special
sacred significance, to be seen
only by certain members of a
tribe, and only we can give
permission for our own work of
art to be reproduced. It is hard
to imagine the works of great
Australian artists such as Pro Hart or Sidney Nolan being reproduced
without their permission. We are only asking that we be granted the
same recognition, that our works be respected and that we be acknowledged as the rightful owners of our own works of art.
“Copyright on Aboriginal Art” Aboriginal News Vol. 3(1) 1975.

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▼サイモン・ミツラーヒによるヘルツオークへのインタビュー(1984年)より

▼緑のアリが夢見るところ_d0016471_217353.jpg
冒頭のシーン
蟻塚の点在する
原野が創作された
風景であることを
あらかじめ告げている

Q:緑のアリの神話とはいったい何ですか?

A:それは根本的には、後からつくられた神話、つまり創作です。
われわれは人類学者のようにふるまうつもりはありません。(...)
彼らのまわりには、彼らのことなら何でも知っていると主張し、
彼らの擁護者になろうとする欺瞞的な人間があまりに多くいます。
伝道師、人類学者、政治活動や政治家ですが、私にいわせれば、
そういう人々はいんちきです。私はたしかに、ある程度、先住民の
ことを理解していますが、我われの理解は限られています。

▼緑のアリが夢見るところ_d0016471_22262724.jpgあなたが、たとえ25年彼らと共に
暮らし、彼らの言葉を話せたとしても、
彼らのような複雑な家族構成や神話
を自分のものにすることはできません。
ですから私は私自身の神話をつくり
たかったのです。私は何か先住民の
考え方や生活様式に近づける伝説や
神話がほしかったのです。だから、
私は彼らに対し、この映画は彼らの夢ではなく、私の夢なのだということを
はっきりさせました。彼らの主張を私の主張だなどということはできませんし、
それはばかげたことです。(...) 私も誰も彼らを守ることはできません。

▼緑のアリが夢見るところ_d0016471_7315356.jpg
こうして我々は文化的に貧しくなり、最後には裸で放り出され、
地球にはマクドナルドだけが残る。世界の東西を問わず、悲劇は、
進行中なのです。
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▼悲劇は進行中~ジャビルカ

「ジャビルカ jabiluka」 監督: デビッド・ブラッドベリ 1998年 カラー 53分

▼緑のアリが夢見るところ_d0016471_23493465.jpg
「白人から土地をとりもどすこと。私たちが求めているのは、ただ、それだけなんだ」
「ウラン採掘権ではなく土地権を!」 「ここはアボリジニーの土地で、アボリジニーの
生き方があるの。だから白人はよく耳をすまして聞き、そして、信じなさい。いったい、
何回云ったら分かるのかしらね?」 映画「ジャビルカ」より

▼緑のアリが夢見るところ_d0016471_0313513.jpg「緑のアリが夢見るところ」の舞台となったオーストラリアでは、
先住民と土地開発企業との、土地/資源(特にウラン採掘)を
めぐる争議が、いまなお進行中です。そしてグローバリゼーション
が進んだ現在、これはオーストラリア国内だけの問題ではありません。

▼緑のアリが夢見るところ_d0016471_0351864.jpgというのも、現地のウラン採掘会社に
開発資本を投資しているのは、原子力発電を
推進している日本の電力会社だからであり、
この問題は、電力とテクノロジーにたよって
生活している私たちの日常の暮らし(方)に、
つながっているのです。そうなると私たちは、
左の写真のどの役柄にあたるのでしょうか?

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▼おわりとはじまりの音と映像から

▼緑のアリが夢見るところ_d0016471_750285.jpg
■ガブリエル・フォーレ「レクイエム」 ■エルネスト・ブロッホ「荒野の声」

[最後から2番目の3つの質問]
Q:この映画は、フォーレが作曲した「レクイエム(鎮魂歌)」ではじまりますが、それは
何にたいするレクイエムなのでしょうか?同じく、この映画はブロッホの「荒野の声」と
いう曲でおわりますが、その声は何を告げる声なのでしょうか?また、映画のはじめと
おわりに出てくる砂嵐と竜巻の映像で、作家は何を表現しようとしたのでしょうか。

[最後の質問]
Q:この映画には「職業としての文化人類学者」(スタナー)と、それを「廃業した元・文化
人類学者」(アーノルド)(になりすました)人物が、ふたり登場しますが、それ以外に、
あともうひとり、文化人類学者(になりそこねて)、「第三の人類学者」になりはじめた
人物が登場します、それは誰でしょう。ヒントは、異文化と他者のものの考え方や
生き方を知り、「生き方としての文化人類学者」となって、かつて自分がやってきた
方角とは別の方角にむかって、ひとりで歩き出した人物です。ちなみに、こたえは
ひとつとは限りません。場合によっては、たくさんあるかもしれません。それは映画
を観た人たち次第です。
▼緑のアリが夢見るところ_d0016471_2121593.jpg
by mal2000 | 2003-10-27 07:04
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